三重県桑名市情報サイト


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【桑名市とは】
三重県北部の市。
愛知県と岐阜県に接している。蛤(はまぐり)料理に代表される食文化を有し、ナガシマスパーランド、
多度大社、六華苑、東海道の七里の渡しなど、豊富な観光資源に恵まれた三重県下屈指の観光都市である。
また、名古屋から25km圏に位置し、名古屋のベッドタウンとして宅地開発が進んでいるほか、機械・金属系
を中心とする工業都市でもある。市の無形文化財に連鶴の折り方である「桑名の千羽鶴」がある。
三重県北部の市で、木曽三川の河口に位置する。 伊勢神宮の「一の鳥居」が設置されるなど、伊勢国の
東の玄関口として位置付けられる。 その地理的条件により、古くから東海道随一の宿場町として栄えた。
桑名は古代から東海地方と畿内における交易の中継地として栄えた。室町時代には商人たちによる自由都市が
形成され、堺、博多、大湊と並ぶ日本屈指の貿易都市となり、「十楽の津」とよばれた。江戸時代には
桑名藩11万石の城下町、および東海道五十三次で知られる東海道42番目の宿駅・桑名宿として栄えた。
宮宿(名古屋市熱田区)との間の七里の渡しが有名である。幕末には、佐幕派の中核をなす、
いわゆる一会桑政権(一橋慶喜、会津藩、桑名藩)の拠点の一つとなった。明治時代には廃藩置県によって
桑名藩は桑名県となった。その後、近隣の県との合併によって安濃津県(後の三重県)ができ、その一部となった。
【市名のいわれ】
地名・桑名の由来は諸説あるが、桑名開発の祖となる豪族・桑名首(おびと)の名前から採られたという説が
有力である。なお、地名・桑名が記された最古の史料は『日本書紀』である。壬申の乱の際、672年6月26日に
天武天皇が桑名郡家(くわなのこおりのみやけ)に宿泊したとの記述がある。
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